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神経治療最前線 海外学会参加報告

12th PACTRIMS

12th Congress of the Pan-Asian Committee on Treatment and Research in Multiple Sclerosis (PACTRIMS)

12th Congress of the Pan-Asian Committee on Treatment and Research in Multiple Sclerosis
13-15 November, 2019
Singapore

埼玉医科大学総合医療センター
深浦 彦彰

12th Congress of the Pan-Asian Committee on Treatment and Research in Multiple Sclerosis (PACTRIMS)

はじめに
 2019年11月13日から15日までSingaporeで開催された第12回PACTRIMSへ参加しました。アジアで開催されるMSやNMOSDの学会に参加して勉強になるのだろうか? 果たして何か得るものがあるのだろうか? 多くの方はそう思われることでしょうか。私も以前はそう思っていました。でも、今のPACTRIMSは違います。医療面で学術的に学ぶことがあり、若手は海外学会発表のチャンスとなり、日本人のアジアにおける立ち位置が把握できる、PACTRIMSは、そんな貴重な機会に変わりました。でも、昔はそうではなかったのかもしれません。今から12年前、PACTRIMSが誕生したばかりの頃に、九州大学大学院医学研究科神経内科学教室 教授からの一言 で吉良潤一先生が2008年6月27日に書かれたブログにPACTRIMS発足当時のご苦労された状況が記されております。

★★
 ―だいたい日本から自費を払ってまでPACTRIMSの年次総会に行こうかという人はいないだろうと思う。 同じ金をかけるなら、欧州のECTRIMSか、北米のACTRIMSに行って、MS研究についての最新の情報を得たいと思うのが人情だろう。−中略− PACTRIMSがカバーするアジア・太平洋地域には様々の国が在る。 ざっと、Northeast Asia Regional Committeeに、日本、韓国、中国、モンゴル、台湾、香港が、Southeast Asia Regional Committeeに、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、インド、インドネシア、イランなど、Pacific Regional Committeeに、豪州、ニュージーランド、フィリッピンが含まれる。 国の数や人口からいけば、世界でもっとも多数を占める。−中略− この地域は大雑把に言うと、MS研究が世界に匹敵するサイエンスのレベルにあるのは、両端(北端と南端)のみで、その間は症例報告から臨床報告のレベル。 PACTRIMSに求めるレベルも全然違う。中央地域のレベルに合わせて教育的なプログラムを主にやっていたら、両端からは誰も来ない。 両端の発表ばかりでは、中央地域に不満が高まる。みなわけのわからない英語で言いたいことを言っているなかで、― 以下略。
★★

その後の12年間に日本が経済発展で停滞している間に中国や東南アジア諸国は大きな経済発展を遂げ、病院や研究所などハードのインフラが整っていき、欧米で学んだ研究者達が帰国して淡々と仕事をこなして自国のMSやNMOSDの臨床研究や基礎研究のレベルは、地域や施設によってはすでに日本に追いつき、もはや追い越しています。テクノロジーの進歩や通信記述の発達で、交通インフラの進歩やキャッシュレス導入など生活のシステムとしては、むしろ日本が完全に周回遅れになっている感さえあります。

2019年第12回PACTRIMS、Singaporeの特徴
 2019年のPACTRIMSでは4つのテーマを挙げていました。1: MSとNMOにおけるバイオマーカー、2: 分子神経病理学と神経イメージング、3: リハビリテーションと再生、4: 現在とこれからの治療アプローチです。会議に先立ちEuropean Charcot Foundation Symposiumが行われ、現在のPACTRIMSのpresidentである藤原一男先生の司会の元に、Dr. Hans-Peter HartungがB-cells in MS and NMOSD、Are B-cells the key Target in Relapsing MS、Dr. Ho Jin KimがB-cells in NMOSD、Dr. Ludwig KapposがAnti B-cell Therapies: Now and Thenについて講演を行いました。その後に今回のホスト国であるSingaporeのDr. Kevin TanのWell come Address が続き3日間にわたるPACTRIMSが開始されました。 その後、各セッションに分かれてopening lecture, oral presentationが2つの会場で行われました。
詳細はHPをご確認ください。 https://www.pactrims.org/pactrims-2019
 個人的には、MSとNMOSDの新しいバイオマーカーの開発、進行性で活動生の高いMSへの対応、B cell除去療法の臨床報告、リハビリテーションを継続的に施行することでEDSSがより長期に維持できる発表などが興味を引きました。Lectureの内容は2ヶ月前に行われたECTRIMSと重複する内容もありますが、アジアで再び聞くとオーディエンスからの意外な質問がとても勉強になります。
 ランチタイムは、会場のホテルでbuffet形式の食事です。みんなの顔ぶれを見ていると、各国ごとに集まって食べていたり、次の講演依頼をこの場所で相談していたり、昔のラボ仲間で顔見知りの人間を見つけて懐かしい話に花を咲かせていたりと、夜のレセプションデイナー同様この会議の中でも賑やかで楽しいひとときです。私は、相席になったインドからの参加者と話をしました。MSで用いるDMDのラインナップの違い、副作用への対応の仕方、患者さんの治療に対する考え方の違い、医療保険システムの差や、疾患活動性の高いMS患者への応用が近年注目されているautolougus stem cell transplantationの今後の行末など話は尽きませんでした。他にスポンサードシンポジウムとして、Novartis, Viela Bio, Eisai, Alexionの4社が独自の企画を展開していました。製薬会社のブースも合計10社ほどが展示されていました。ポスター発表の国や地域は、東から日本、韓国、中国から西はイスラエル、トルコまで多彩です。全体の印象として、アジアにおいてMS、NMOの臨床、治療、研究で韓国のプレゼンスが大きいと感じたのは私だけではないでしょう。NMOSDの治療では、費用の高額な補体を抑制するなどの抗体治療薬が注目を集めていました。日本からの参加者は、数年前よりも増加している印象があり、発表者だけではなく企業の参加者の数も多くなってきていると感じました。
 PACTRIMSは多くの製薬会社の資金援助も受けています。今回は、プラチナスポンサーとしてAlexion が、ゴールドスポンサーとしてEisai、VielaBio、Novartis,が、シルバースポンサーとしてMerckが、他にはRocheと中外製薬がスポンサーとなっていました。Neurologyに関わった経験が5年以内の若手には$1,000のyoung investigator travel award : トラベルグラントが設定されており、研修医、大学院生、医師、薬剤師、看護師などが応募可能です。閉会式の時には、best presentation awardとして複数名の日本からの発表者が表彰されていました。

開催場所のSingaporeについて
 東京から空路7時間、真夜中0時過ぎの便で飛べばちょうど翌朝に到着します。赤道直下で国土面積は719.2km2 、30年前は東京23区と同じ面積(619km2)でしたが埋め立てが進んで1割以上大きくなりました。人口は560万人で北海道の人口とほぼ同じです。人口構成は華人(中国人)74.1%、マレー系13.4%、インド系9.2%及びユーラシア人です。今回、私が気づいたことは、エスカレーターの速度が日本よりも速い、横断歩道は横断残り秒数が表示される、地下鉄は駅の転落や接触防止のため全てスクリーンドアシステムである、地下鉄の優先座席が必ずドアの両側にある、運転手の助けを借りずに車椅子でバスの乗り降りが出来る、公共交通機関の表示は英語・中国語・タミル語併記である(公用語は英語、マレー語、中国語、タミル語の4つ)、街中では多くの場所で4Gのwi-fiが無料で使える、などです。街中の買い物やレストランの食事は、クレジットカード払いでキャッシュレスです。2日目の夜に、アジア人しか出てこないSingaporeが舞台のハリウッド映画「Crazy Rich Asians」に出てくるNewton Food Centerまで足を伸ばしました。屋台がたくさん居並び、現地の人達がワシワシ食べている喧騒の中で、彼らと同様に炭火焼手羽先、Chilli Crab(蟹のチリソース炒め)をTiger Beerを飲みながら食べた時は現金払いでした。また、街中の移動にはGrabと呼ばれる新しい車の移動サービスを利用しました。Singaporeを中心に東南アジアに展開しており、契約しているレストランや食堂の食べ物も配達してくれるそうで、ホテルのロビーで届けられた食べ物をドライバーから受け取っている宿泊者を目にしました。使い方もシンプルで、スマホのアプリに現在地と行き先を入力すると、配車可能な車が到着までの予想時間と共に複数表示されるので、自分の好みの車を指定します。5分程度でキレイな車が指定の場所まで迎えに来てくれて、目的地到着後の支払いも登録済みのクレジットカードによる自動決済です。料金はタクシー料金の80%程度と割安です。

PACTRIMSについて
 PACTRIMSの正式名称がthe 12th Congress of the Pan-Asian Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosisで、多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)と視神経脊髄炎 (Neuromyelitis optica : NMO) の研究と治療とに特化した会議です。西はイラン、トルコ、イスラエルから東は中国、韓国、日本まで、東南アジア諸国やオーストラリアも含めた多くの地域や国々から病院・研究所・製薬会社から、医師、研究者、薬剤開発担当者、研修医、大学院生、学生、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などが参加します。MSの臨床、研究に関する会議としては、毎年、秋に欧州の各都市で場所を違えて開催されているECTRIMS (European Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis Congress)が有名ですが、それのアジア太平洋地域版といった位置づけです。
 この会議の発足の経緯は以下です(PACTIMSのHPより)。
The idea of having an Asia-Pacific-centered group for MS sprung from the MS forum in Taipei in 2007. A group of eminent neurologists decided that a regional committee would be useful to share best practices. This would be modeled after the European and American Committees on Treatment and Research in Multiple Sclerosis (ECTRIMS, ACTRIMS). After some discussion, the group decided on the name - Pan-Asian Committee on Treatment and Research in Multiple Sclerosis (PACTRIMS). Thereafter, the group convened in various parts of Asia-Pacific at annual meeting.
 ちなみにTRIMSとは、各地域のMSの研究と治療に特化した委員会で、ACTRIMS(American Comittee,,,), ECTRIMS, LACTRIMS(Latin-American Comittee...), PACTRIMSなどがあります。
 HPによるとPACTRIMSの目的は以下です。
Its objectives are:
・ To stimulate research into the cause and treatment of multiple sclerosis (MS) and related inflammatory diseases of the central nervous system in the Asia Pacific region.
・ To promote an interest in and understanding of MS in the community in the Asia Pacific Region
・ To promote access to proven treatments for MS in the Asia Pacific Region
・ To represent the interest of the MS research community in the Asia Pacific Region
In furtherance of the above objectives, the Society
・ Organizes an annual meeting on treatment and research in MS.
・ Coordinates research activities in MS
・ Encourages young researchers

 過去の開催国は、2008年はKuala Lumpur Malaysia, 2009年はHong Kong、2010年はBali Indonesia, 2011年はSingapore、2012年はBeijing China、2013年は京都 日本、2014年はTaipei Taiwan、2015年はSeoul South Korea、2016年はBangkok Thailand、2017年はHo Chi Minh City Vietnam、2018年はSydney Australia、2019年はSingaporeで、2020年はShanghai Mainland of Chinaで予定されているようです。
 第35回ECTRIMSはStockholm, Swedenで2019年9月11日〜13日に開催され世界中から10,000人以上が参加しましたが、2020年のECTRIMSはThe 8th joint ACTRIMS-ECTRIMS meetingとして、Washington, D.Cで9月9日〜12日に開催の予定です。ECTRIMSでは、教育セッション(有料)、フリーコミュニケーション、ホットトピック、meet the expert、看護師セッション、plenary session、ポスターセッション、サテライトシンポジウム、scientific session、young scientific investigator’s sessionに分かれています。

最後に
 これからは、PACTRISなどのアジアを枠組みとした研究会や学会に、日本の若い研究者、医師、研修医、学生さんたちには是非とも毎年足を運んでいただきたい。目的が観光半分、学術半分でも構わないのでアジアの現場に自ら出向いてほしい。ここでは多くを記さないが1942年2月から1945年8月まで、イギリス領マラヤは大日本帝国の占領地でSingaporeは昭南島と呼ばれており、あのRaffles Hotelも接収されていた。マレー半島への日本軍の進撃とイギリス軍の降伏が、戦後のアジア諸国の独立の引き金となったという意見もある一方、Singaporeの博物館にも出向いたが、その時の出来事は決してSingaporeの人々の中には良い記憶としてだけ刻まれているわけではないのも事実である。ネットで眺めている virtualな世界と現実は違うことに気付き、体感してほしい。そうすれば、アジアや世界における日本の立ち位置も、きっとはっきりと見え、再生医療事業でつまづくことや、日本の研究や臨床がガラパゴス化することを防げるかもしれない。

写真1
地元Singapore大学からのポスター発表
Off labelで用いたrituximabのMSとNMOSDの成人と小児への臨床報告

地元Singapore大学からのポスター発表Off labelで用いたrituximabのMSとNMOSDの成人と小児への臨床報告

写真2
マーライオン越しに望むマリーナベイサンズ

マーライオン越しに望むマリーナベイサンズ

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