一般の方へ

13th ASENT 2011

13th American society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT) 報告

第13回米国実験的神経治療学会(ASENT):新薬の開発、治験推進を目的とする医師、規制当局、製薬会社、患者支援団体の総合的なフォーラム

東北大学大学院医学系研究科多発性硬化症治療学寄附講座 藤原一男
東邦大学医療センター大橋病院神経内科 藤岡俊樹
埼玉医科大学国際医療センター神経内科 棚橋紀夫
ファイザー株式会社神経疾患領域部 藤本陽子

13th American society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT)
Washington DC/USA
2011年2月24〜26日

1.ASENT視察の概要

2011年2月24日(木)から26日(土)に米国ワシントンDC郊外のべセスダのハイヤットリージェンシーホテルで開催された第13回米国実験的神経治療学会(American Society for Experimental Neurotherapeutics, ASENT、Websiteはhttp://asent.org/)に参加した。日本神経治療学会に名古屋大学神経内科の祖父江元先生が率いる国際化ワーキンググループがあり、そのメンバーである我々が昨年(藤岡、織茂)に引き続きASENTとの交流と視察を行い、また米国、ドイツと日本を中心に国際的に神経治療を議論する組織を設立しようという動きがありその準備会合にも参加した。

2.ASENTの活動の特徴

この学会は名称こそ日本神経治療学会と類似しているが、その主な目的は表題にも記載したように新薬の開発(drug development)と治験の推進であり、医師は大学医学部に所属する参加者が多いが、アカデミアのみならず審査や研究助成を行うNIHやFDAなどの政府関連機関の担当者、製薬会社(新興の小中規模の会社が多い)の研究者、また種々の疾患の患者支援団体が一堂に会し議論する学会である。したがって、神経疾患治療及び治療に関わる病態のレヴューや症例報告が大半を占める日本神経治療学会総会とは、大きく異なるプログラムとなっている。

参加者は全体で150名程度とこじんまりしているが、発表者は大学、製薬会社の研究者と政府関連機関の職員などがほぼ均等に近い割合であり、女性も多い。

また会場の入り口に寄附の金額と企業名が掲示されていたが、最高額の$100,000から最少額の$1,000〜$2,499まで計16社が寄附をしていた。

3.プログラムと主な発表内容

第1日のセッションは、午前中はアウトカム特にPatient Reported Outcome (PRO)すなわち患者自身が治療効果について評価することの重要性について講演が行われた。PROについてはFDAからガイドラインも出されているようである。また最近治験の評価項目に生活の質(Quality of Life, QOL)がよく取り上げられるようになったが、主要な神経疾患(てんかん、脳卒中、パーキンソン病、MS、ALS)におけるHealth-Related QOLであるNeuroQOLが作成され、その内容について紹介された。またFDAのDr. Katzからは、治療効果に関して実薬群と対照群の間に有意差があったというだけでは不十分であり、治療による変化が患者にとって臨床的に意義のあるものでなければならないということが強調された。congenital muscular dystrophy (CMD、現在15の遺伝子異常がわかっているとのこと)の娘を持つDr. RutkowskiはCure CMDという患者支援団体を設立している。CMDの重症度は様々で骨格筋の脱力と呼吸筋の機能低下をそれぞれ評価していく必要があることについて数症例のビデオ映像を含めて解説された。

午後はPlatform Technology(PT、基盤テクノロジー)のセッションだった。PT概論の後、小分子、医療機器及び遺伝子に関するPTが紹介された。通常はある疾患の病態に関する分子は何かという方向性で解析が行われるが、PTの立場からは例えばある分子の変動について横断的に見ていずれかの疾患や病態(複数の場合もある)において治療的に役立てられないかという検討をしていくものをいうようである。

夕刻はポスターセッション(24題、このうちパーキンソン病におけるT細胞免疫の異常と免疫調整療法による病状進行抑制の可能性を指摘した報告がベストポスターとしてFink Fellowshipの表彰を受けた)、ディナーセッションとして、我々神経科学に携わる者がメディアや一般社会とどのように向き合い様々な要望や批判に対応すべきかが3名の演者(コミュニケーション学部の教授やテレビで医学関連のニュースを解説した経験のある医学部教授など)により議論された。

第2日は、午前中は神経炎症のセッションだった。まずはいわゆる免疫性神経疾患とは分類されない疾患における免疫学的病態の意義の紹介で、てんかんにおいてはミクログリアが活性化しており、またNIHのてんかん臨床センターの研究ではperipheral benzodiazepine receptor (PDR)がミクログリアの活性化を反映することから、PDRのリガンドを放射性同位元素で標識して脳障害やてんかんの症例をPETで解析すると脳内での集積の変化が観察されるという。またミラノのDr.Vezzaniは、てんかんの動物モデルにおいて、てんかん源性の脳組織のニューロンやグリアではIL-1R/TLR1シグナルが増強しており、逆にこれらのシグナルの増加は神経の興奮性を高めるとのことを報告した。既にanakinra (IL1-R拮抗剤)の臨床応用も検討されているとのことである。多発性硬化症については、NIHのDr.Bielekovaがその免疫病態を概説した。またパーキンソン病において制御性T細胞による神経保護の可能性について動物実験の結果が紹介された。

午後は開発段階にある種々の新薬の候補を28名の発表者が10分で次々に紹介するパイプラインセッションが約5時間にわたって行われた。

最終日の午前中は国際シンポジウムが行われた。まずファーマコジェネティックスと海外のデータの受け入れについてのFDAでの現状、またEUの臨床試験におけるプラセボの扱いとIRBに関する問題について解説がなされた。

その後、日本の大規模臨床試験について埼玉医科大学国際医療センター神経内科の棚橋紀夫先生がシロスタゾールのCSCP2試験のデータを紹介された。この試験では、1群1300例ずつの計2600例におけるシロスタゾールとアスピリン(81mg)の脳卒中の再発予防効果の比較が行われ、シロスタゾール群でアスピリン群に比べて有意に高い再発予防効果がみられたこと、欧米に比べて日本人ではラクナ梗塞が多く、また脳出血が多く、人種によるデータの相違を指摘された。我が国の大規模臨床試験の実例と実行力が示されたことは、意義深いと思われる。さらにEUの規制当局であるEMAの海外データの受け入れについて解説があった。またファイザージャパンの藤本陽子先生(東京医科歯科大学神経内科のご出身)が日本における新薬承認の実状と問題点(欧米で承認されている主要な薬剤のうち約30%が日本では承認されていないこと、治験薬の投与量が欧米に比べしばしば少なく、それは体重の差では十分に説明されず安全性を考慮して減量していることなども関与しているらしいことなど)、また我が国の規制当局であるPMDAの国際治験への参加の条件や韓国、中国などと協力する取り組みなどについて紹介された。特に現在までの日本におけるdrug lagの実態は、米国の研究者には大きな驚きであったようである。これらの点は今後改善に向けて取り組むべき大きな課題である。

4.International Therapeutics設立に関する議論

最終日の午後は、米国、ドイツ、イギリスと日本の代表(20名弱)によりワーキンググループで神経治療を議論する国際的組織の設立について話し合われた。今回の参加前に我々が懸念してきた大きな国際学会組織を作ってしまい、日本が資金面の貢献の身を期待されるというような状況は当面なく、まずはメールなどで新薬開発について議論すべき問題が何であるかなどについて連絡を取り合い、その後適当な時期に可能な限り各地域の規制当局の担当者を含めて専門家によるワークショップを持ち回りで開催するような方向で協調して活動していくことが基本的に合意された。

5.ASENT視察を終えて

これまで日本神経治療学会の活動の独自性が折に触れて議論されてきた。今回ASENTに初めて参加して、他の分野と同様に欧米に比べて著しい遅れが指摘されてきた日本の神経治療薬の治験を推進するために適正な評価の方法や問題点を医師以外の関係者(PMDA、製薬会社の新薬開発担当者など、また適宜患者支援団体)も含めて皆で議論し、さらに開発中の新薬の紹介とその開発をサポートする場を提供(総会におけるシンポジウム、あるいは総会以外の時期のワークショップ開催など)できれば、神経治療学会として最もふさわしい活動になるのではないかと強く感じた。それにより新しい神経治療の選択肢をより早く患者さんに届け、academia, government, pharma, advocacyの相互の関係も円滑になり活性化されることが期待される。

またPMDAの組織の拡充と神経疾患を専門とする審査担当者の確保も望まれるし、国際治験への積極的な参加や海外データの受け入れの検討もさらに進めていくべきであろう。そのため、上記の国際的協議に国内の関係者が一団となって参加していくことが必要と思われる。(藤原一男・藤岡俊樹)

講演者の視点から−1 第13回ASENT総会に出席して

第13回ASENT(American Society for Experimental Neurotherapeutics)総会は2011年2月24-26日、米国メリーランド州, Washington DC, Bethesda の Hyatt regency Bethesdaで開催されました。私は、最終日25日午前のInternational Symposiumで20分間の講演を行いました。演題は”Mega Clinical Studies in Japan, lessons from CSPS 2”でした。日本でのシロスタゾールとアスピリンの比較試験の結果とサブ解析の結果を示し、特に欧米の試験を比較するとアスピリン投与群で脳出血の頻度が高く、日本人と欧米人ではアスピリンでの脳出血の発生頻度に違いがあることを示しました。発表後3つの質問があり、人種的な問題なのか、環境の関与なのか、シロスタゾールの優越性は背景因子、リスク因子と関連があるか、などでした。発表後、日本でも大規模試験が適切に行われていることに驚いたとする意見もありました。今回のInternational symposiumでは米国FDA、ドイツやイギリスの薬事関係の人、日本のPfeizer(藤本先生)などが、各国の臨床試験で外国のデータが自分の国でどのように受け入れられるか、またその問題点などについて議論がありました。印象としては、Globalな臨床試験を進めるうえで各国の臨床試験のregulationが異なり、これらの問題点、現状などを知るうえで大いに参考になるシンポジウムでした。日本ではPMDAと相談して製薬会社が試験を進めていますが、機構サイドを交えて議論できる学会はないように思いました。参加者の多くは、神経内科医で、Parkinson病, 多発性硬化症、てんかん、精神疾患などの試験に関わっている先生方、製薬会社の医師、機構などのメンバーで構成されている会でユニークな会でした。また、この学会はOfficial Journalとして”Neurotherapeutics”を発刊しており、Impact Factorが3点以上であり、日本の研究者も積極的に参加する価値がある学会という印象を受けました。発表直後に多くの学会関係者から、お声がけをいただきました。今後、日本の研究者の積極的参加を望むとのメッセージでした。学会参加、発表の機会を与えていただきました祖父江元教授に深謝いたします。(棚橋紀夫)

講演者の視点から−2 ASENTからの学び

ASENT International SymposiumのセッションのひとつAcceptability of Foreign Dataにて,日本の状況について発表する機会を頂戴しました。このお話を頂いた際,神経治療学を議論する学会でAcceptability of Foreign Dataというテーマのセッションが組まれたこと自体が嬉しい驚きでした。外資製薬会社の日本支社で医薬品開発に携わっている私にとっては,新薬を海外に遅れることなく日本の患者さんに届けることが使命であり,そのために日本の規制当局(PMDA, Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)に外国臨床データを適切に受け入れてもらうことは大変重要な課題です。けれどもこのような新薬の承認申請に関する臨床データについては,学会の場で論ずるものではないと思っていました。ところがASENTの学会ではこのシンポジウムに限らず,どのように治療薬の開発を進めていくか,新薬の臨床的な価値を証明するためにはどこまでのデータが必要で,どのような評価項目や検査を用いるのが適当か,といった問題を真っ向から扱っていました。このような議論には当然,規制当局(米国ではFDA, Food and Drug Administration)からの意見が必要ですが,ASENTにはFDA Division of Neuropharmacological Drug ProductsのDirector,Dr. Russell Katzをはじめ神経治療薬の審査に携わっている複数の医師が参加して積極的に議論に加わっていました。産・官・学それぞれ立場は異なっても優れた新薬を早く世に出すという共通の目的を持っていることをお互いに理解し合い,学会のような場でオープンに議論することが重要であるという認識を新たにしました。

International SymposiumではGlobal Clinical Development and Acceptance of Foreign Data in Japanという表題で,日本独自の治験の時代からブリッジング開発,そして昨今の国際共同治験が主流になりつつある現状報告に加えて今後の課題と展望について話しました。今後の課題として,PMDAの自国民データの要求度が他国と比較して依然として高いこと,その背景にあるethnic factor の問題については各国間で協力してデータを蓄積していく必要であることなどをお話ししました。このような課題の背景には,日本では産・官・学の間で日本人データの必要性に関する議論が十分に行われていないこと,このような議論について各国間で歩調を合わせる試みがなされていないこと,という2つの問題点があることが今回の学会でより明確になりました。

後者の国際的な協調については,今後ASENTの年次総会やAd-hoc会議にて米国,欧州,日本の関係者が集まり,神経疾患の臨床開発が国際協力によって効率よく行われていくよう継続的に議論していこうという提案がなされました。これは神経疾患治療薬の臨床開発にとって大きな一歩になると思われます。問題はひとつ目の国内における産・官・学の協業です。日本国内で十分な意見交換を行うことなくして,欧米との国際協力を進めていくのは難しいでしょう。ところが日本では官や学の敷居が高いことに加え,製薬企業やPMDAに在籍する医師の割合が米国と比べて圧倒的に少なく,アカデミアと学術的な議論が同じ土俵でできないという問題があります。産官学の連携については長期的に取り組まなければならない大きな課題ですが,まず神経治療の領域でASENTとの連携を土台として率先して産官学の協業を推進し,国際的な協力体制を築いていけたらすばらしいと思いました。神経内科は治療できない科と揶揄された歴史もありますが,そのような科であるからこそ,患者さんに新たな治療を提供するために必要な問題に他科に先駆けて取り組むことができ,他科の手本となれるのではないかと思いました。

最後になりましたが,今回ASENTでの発表にご推薦いただきました,祖父江元教授と織茂智之先生に,この場をお借りして心より御礼申し上げます。(藤本陽子)

写真1 会場内セッションの表示Challenges in conducting clinical research

写真1 会場内セッションの表示Challenges in conducting clinical research (2010 Photo by 織茂)

写真2 International Therapeutics設立検討メンバーに日本治療学会を紹介

写真2 International Therapeutics設立検討メンバーに日本神経治療学会を紹介 (2010 Photo by 織茂)

このページのTOPへ